来 歴

ふたつの春について


 たいていうつむいて つま先ばかり気にして歩いた過ぎし春よ
晴れていたか曇つていたか空の色も記憶にない
 背後の風景は夜明けの湖のようにぼかされていて 眼を凝らせ
ばたちまちにがい涙が視野に満ちたものだ
 しかし煙?のにおいや 巨大な武器にかきくれた春にさえ 私た
ちは飾つた 白つぽいひよわな花弁を胸に咲かれて
 時には恋人に似た顔をして神はやつて来るという無頼な望みも抱
いた 私たちの春は 短かかつた 貧しかつた 愛のように高価だ
つた
 あなたの春は 明るく大胆で金貨のようにうつり気です
 世界が冷淡な足音をたてて 二十世紀の階段をおりきつてしまう
ときも あなたはやはり はでな暦を書き上げることに執着するで
しようか
 昏迷に向かつて走り続ける歴史の進行に関係なく あなたの肩の上
には未知への欲望があかあかと燃えてみごとです
 にせのことばをふんだんに操つて未来と手を組もうとするあな
たのたくましい姿勢は かえつて危険な運命を私に暗示するのです

 だから私は 不吉な色にまみれている美しい町を避けて
 だから私は 豪華な青春を遠くとおく迂回して
 歯ぎれの悪い足音を空たかくひびかせながら行くばかりです

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